手帳探し
今年使っていた手帳は「夢手帳」だ。
GMOの熊谷社長が作った夢手帳は手帳の中が「夢」「行動」「思考」の3つに別れていて、「夢」をかなえる、成功する為の毎日をいかに過ごしていくか、と日々の計画に落とし込んでいくものだ。 使い方としては、毎朝5分でも良いからその日一日の予定をイメージして手帳に書き込み、常に手帳を見て過ごしていく事になる。
この夢手帳をつかうまでは、仕事柄胸のポケットに入るミニバイブルサイズの手帳を使っていた。様式としては見開き1ヶ月のブロックタイプだ。その日の予定を時間とともに書き込むだけ。ただ、一ヶ月の予定が一瞬で見られるので、分単位や時間単位では予定を組めない今の仕事には充分だった。充分だったのだけれど、今回旨く使いこなせ無いながらも時間単位で書き込める手帳を持ってい見ると、自分がいかに時間を使いこなせていないのかを実感させられた。一日が終わった後でも日記代わりにその日の時間軸を埋めていこうとすると、「あれ?この時間は何していたっけ?」という事が頻繁におこるのだ。その時は、まぁこの位の時間は休憩してたかな?とか、バタバタと複数の事をしていたから仕方ないな、などと思おうとしてきたが、実はこれが自分の抱える大きな問題のひとつ何じゃないか?と気がついた。
以前から時間の使い方が下手なことはうっすら感じていた。
何をしていてもあっと言う間に時間が過ぎている。好きなことに熱中していて、というのならそれはそれで良いのだが、例えば出掛けようと準備しているときやPCでちょっと何か用を済まそうという時。何時頃に出掛ければいいな、と思っていてもその時間に準備が出来ていた事は希。PCに向かう作業に至っては何をしようとしていたかを思い出そうとする作業がしばしば必要になる。
つまり、無意識時間がとても多いのだ。
逆の話をすれば、しばしば感心する時間の使い方が上手だな、と思う人はアレもコレもやっている。自分に置き換えたらとてもそんなに時間が取れないと思うくらいの仕事から遊びまで、そして睡眠時間も、もちろん短眠タイプの人もいるけれど、そう言うレベルではない濃さで生きている様に見える。
これを単純に時間の使い方がうまいなぁ、で済ましていたのだけれど、その根本的な差は無意識時間の有無ではないかと気付いたのだ。
つまり僕の解釈はこうだ。無意識でない時間は必ず何をしているか意識しているし、記憶の中に何をしていたかが残っている、つまり何をしているか意識していると言うことは、その時にキチンと選択してその作業をしているのだ。作業に何らかの意味づけがなされていることになる。
意味づけの成されている作業にムダなんかあるだろうか?
これは「無い」と断言して良いだろう。結果的に意味が無くなる事や無駄になることはあるかも知れないが、それは明らかに経験値でありエビデンスだ。
至極当たり前のように感じる人が多いと思うけど、この事に気付いた事はとても嬉しい。とにかく無意識時間の撲滅が毎日、毎秒の僕のテーマになる。
そう考えると、手帳としての作りは十分な「夢手帳」をまた購入しようかと思うが、時間軸が5時から23時までしかないのが気になる・・・。と言いつつ、僕の日々の目標のひとつには5時起床23時就寝もあったっけ。この時間軸の中をいかに充実させるかを考えれば良いと言うことか。